1997 / 1 / 25
雨が降る。暗闇の中に雷鳴が轟く。村長の家、村長と神父が話している。
「神父様、今年も麦の出来は酷い…」
「この長雨で根が腐ってしまった。やっと日照りがおさまったと思ったら…」
「どうしてわしの村はこう運が悪いんじゃ。去年は孫娘も亡くなったし…何か
憑いとるんじゃない…」
村長がそこまで話した時、ドアを強く叩く音がする。
「誰じゃ、こんな夜中に…」
「お願い、助けて…助けて下さい」
村長がドアの鍵を開けると同時に12歳くらいの少女が部屋に転がり込む。雨の
中びしょびしょに濡れ、冷えきっている。靴も片方しか履いておらず、途中転
んだのか服には泥が付いている。
「フレーネ、どうしたんだい!?こんな夜中に。ドルドさんに何かあったのかい?」
「あたし、逃げてきたんです…」
「逃げてきた?」
村長は神父と顔を見合わせる。
「ま、とにかく暖炉の側に…。まだ、孫が着ていた服が残ってるからそれに着
替えるといい」
少女、フレーネは村長の娘の服に着替えると、暖炉の側にうずくまり、一
つ一つ話し始めた。
「あたし、パパとママの所から逃げて来たの…」
「逃げてきた…?」
「そう、あたし、生け贄えにされるの。悪魔の生け贄えに…」
村長と神父は険しい顔で顔を見合わせる。『悪魔の生け贄え』その言葉の
重さは、この時代に生きる者にははかり知れない。
「フレーネ、この事はとても大事な事なんだよ。もし冗談だったら…」
「神父様、あたしが着替える時見たでしょう!?あたしのアザと模様!!」
フレーネは体が冷えきっていたために一人で着替える事が出来ず、神父に
手伝ってもらっていた。神父もアザと消えかかった模様に気付いてはいたが、
敢えて聞かないでおいていた。手首と手足に縄の痕、みぞおちから腹などを主
に火傷の痕があった。また、打撲や赤や黒の塗料の痕も。
「神父様、どうなんですか? フレーネには…?」
「あった。確かにアザはあった。そういえば、いつも手首に…」
「そう、いつもバンドをしていたわ。アザを隠すために…」
「うぅむ、これは大変じゃ。村の者を集めて、ドルドを捕まえなくては!!」
ドルドの家、ドルドとその妻、サラが落ち着き無く話している。
「フレーネ、どこ行ったのかしら? 気分が悪いと言って早く寝たと思ったら…」
「こんな夜中、それも雨の中だぞ。まったく、お前がよく見とかないから!」
「そんな、ちゃんと眠ったんですよ。それなのにいないなんて…、まさか…」
サラはそこまで言いかけたが、ドアを激しく叩く音に遮られた。
「どうしたんでしょう、もしかしたらフレーネに何か!?」
サラがドアを開けた瞬間、村人がドカドカと入り込んで来た。その顔は恐ろし
く険しい。更に尋常でない事には鍬や鎌を手に持っている。
「何だ、何だ皆、一体。どうしたってんだ!?」
ゆっくり村長と神父が入って来る。そして二人に隠れるようにフレーネが
顔を出す。
「フレーネ、どうしたの!?突然いなくなったと思ったら…」
「ドルド、サラ、お前達は悪魔の儀式を行なっていたね」
「悪魔!?何の事ですか! いったい!?」
「しらばっくれなさるな!!フレーネがお前達が悪魔の儀式を行なっている、今
日こそは行け贄えにされて殺されるから、と助けを求めてきたんじゃ!!」
「フレーネが!?まさか!?」
「もう逮捕状も取って来てある。さ、フレーネ」
「そこ。そこの地下室で儀式を行なっていたのよ…」
「フ、フレーネ…?」
サラが困惑した表情でフレーネを見る。その瞬間、サラは全身凍り付いた。フ
レーネの目、冷たく光るその瞳は、蛙を睨む蛇の様にサラを射貫いた。
「この地下室か」
「その地下室はここしばらく全然…」
一同は聞く耳を持たずに地下室への入口を開けて入って行く。
「おぉ…」
「!?」
その光景を見て一番驚いたのはドルドとサラだった。色々な物が置いてあっ た筈だが、すっかり片付けられ、変わりにテーブルが置いてある。そのテーブ ルの四角には縄があり、血の跡が付いていた。また、壁や床には魔方陣が描か れ、燭台も幾つも置いてあった。
「こ、こんな、こんな馬鹿な…」
ドルドが呆然としていると、フレーネがテーブルの縄をさすりながら話し始め
た。
「これ…、あたしは裸にされて、悪魔の模様を描かれて縛り付けられてたの。
これがその痕よ…」
フレーネは普段隠していた手首の傷を皆に見せた。村人も、ドルドとサラ
さえもその傷を見るのは初めてだった。
「可哀想に…痛かったろう……」
「えぇ、外そうともがくんだけど、縄はどんどん食い込んでいって…そしてロ
ウソクを垂らされたり、血を塗られたり… 熱かった…気持ち悪かった……」
フレーネはそこまで話すと、泣きながら震え出し、うずくまった。それを 神父が介抱し、村人に目くばせする。ドルドとサラは訳が分からず連れ去られ て行く。そしてそれを眺める、フレーネの冷やかな目があった。
次の日、フレーネの証言によりミキシム家からも、悪魔の儀式の部屋が発 見された。それはドルドの家のものよりも立派な物だった。ミキシム家の者は 老母から赤子に至るまで全員逮捕された。
一週間後、村の集会場は即席の裁判所となっていた。必死に訴えるドルド とサラ。しかし、フレーネと言う被害者と、地下室の部屋。また、裏庭から発 見された動物の遺骸から、有罪は明らかだった。
「フレーネ、どうして、どうしてこんな嘘を付くの…孤児院から引
き取ってから、実の娘と思って育てて来たのに…」
「実の娘? そう、実の娘の方が悪魔が喜ぶものね…」
「!!…」
もう、これ以上何を言っても無駄だった。フレーネは完全にドルドとサラ を見限っていた。その冷たい瞳。冷やかにつり上がる唇。サラはもう一言も喋 る事が出来ず、涙を流すだけであった。
判決が下される。それは、この雨がやんだ日に火あぶりと言うものだった。
次の日、あれだけ長く続いた雨がやんだ。人々は魔女を早く処刑する為に、 神が雨を止めさせたと祝った。広場に7本の柱が立てられる。2本はドルドとサ ラ用。残りはミキシム夫婦にその母、6歳の息子とまだ3ヶ月しか経っていない 赤子用だった。
薪に火がくべられる。ミキシム夫婦が悲鳴を上げ、必死に最後の命乞いを していた。それに周りから石が投げられる。子供、赤子の泣き声が響く。
ドルドは無言で涙を流している。サラはフレーネの名を、うわごとの様に 呟きながら宙を見つめている。火が二人の服に燃え移る。人肉の焼ける匂いと 音が辺りを包む。
「フレーネ、もう大丈夫だよ。フレーネに掛けられた、年をとらな
い呪いはきっと解いてあげるからね」
「えぇ、ありがとう神父様…」
“さよなら、パパ、ママ”
フレーネは密かに両親に別れを告げた。涙は流してはいけない。もし少しでも
悲しむそぶりを見せたら、この計画が全て無駄になってしまう。そう、この計
画が…
数ヶ月前、フレーネはミキシム家の様子が何かおかしい事に気付いた。数々 の修羅場をくぐってきたフレーネにとって、家に忍び込むのは造作もない事で あった。そしてミキシム家の地下に祭壇を見つけた。その時にこの計画を思い ついた。
フレーネは密かに術具を盗み出し、両親の留守を見計らって地下に祭壇を 作った。自分で縄を縛り付け、暴れる事で手首・手足の傷を作った。ロウも自 分で垂らし、火傷の痕を作った。
森に入り、縄を切る事で自分を打つ仕掛けを作り、全身に打撲を負わせた。 フレーネの小さな体は、打たれる毎に 2・3m は飛んだが、その度に仕掛けを 作り直して繰り返した。
そして計画の日はやって来た。気分が悪いと偽り、早めに部屋にこもって 体に模様を描く。雨でぐちゃぐちゃになる予定なので、背中などは適当に描く だけで済んだ。そして窓から抜け出し、村長の家に駆け込んだのだ。
計画は見事に成功した。これで何年かは自分が年をとらない事を誤魔化せ る。いつもよりは長く…
フレーネは村長の家に厄介になる事になり、10年の月日が流れた。あの時 の村長は死に、その息子が村長になった。フレーネは年をとる事はなかったが、 誰も疑いはしなかった。
また2年が過ぎた。
「フレーネ、誕生日おめでとう」
「ありがとう、エイム」
「これで、君も24だね。全然そうは見えないけど」
「そう、そうね…」
「ごめん、気、悪くしたかな」
「ううん、そんな事ないわ。だって…」
現村長の息子、エイム。フレーネが一番心を許している相手である。
「そう、君は24なんだよね」
「!? 何! 何するの!?エイム」
エイムがフレーネの胸に手を回す。
「だって、君はもう24なんだろ、こういう事しても別に不思議じゃないじゃな
いか」
「ちょ、ちょっと、止めて!!」
遂にエイムはあらぬ所まで手を伸ばしてきた。どうにか力を降り絞ってその場
を離れる。
「何だ! 君はもう24なんだよ。立派な大人じゃないか。こういう事してもいい
だろう!!それに、ここには誰のおかげで居られると思ってる!!」
「!!」
涙が溢れてくる。信頼していたエイムがそんな事を考えていた事、そして 自分が年をとらない事の現実を、まざまざと思い知らされた事で。
“もう、行かなきゃ… こんな事なら、いつも通り移ってれば良かった……”
フレーネは去る。次の居場所を探して。そして 550年後、フレーネは天川友
希としてナノセイバー達の前に現れる…