始動―START―


ガシャァァアン………
「!?」
フォルが窓に投げつけられる。サッシがへし曲がり、ガラスが飛び散る。フォ ルはそのまま、ひしゃげた窓枠ごと逆さまに落下していく。
「フォル!!!」
「フォルさん!!」

地面に叩きつけられる直前、フォルは身体を反転させる。服も正装に変えた。 顔も‘完全体’のような表情。落下速度も一瞬にして落とし、まるで 50cm程 度の高さから飛び降りた程度の衝撃で地面に降りる。そこにベスティアリーダー の一人がいる事に気付いた。その後ろには獣機もいる。

「こんちには、第 3天使…ご機嫌いかが?」
ベスティアリーダー・ミリの後ろにさっきまで教室に居た筈の青木が現れる。 瞬間移動でもして来たのか!?フォルと二人の間を沈黙が流れる。

「これ…何だか分かるでしょ?あんたのディスクよ。これで‘複製’を作って、 神機‘アクエリュース’を呼び出したってワケ」
アクエリュースのハッチが開く。中にはフォルそっくりの少女が乗っている。 しかし、その瞳は冷たい。
「複製といっても、デジタルコピーですもの…だからあなたと寸分違いません よ…マスターフォル…
「ちょっとだけ‘しもべ’に書き換えさせちゃったけどね」


アイツ…許せねぇっ!」
「あんっ。待ってよリア!」
ベルは教室を勇んで出ていくリアを追いかける。


「それで…これからどうするつもりなのです?」
フォルの複製―フォル2―も下に降りてくる。
「アンタにはいなくなってもらいたいの…人間のタメに」
「アネキ!」
「フォル姉様大丈夫!?」
双子たちが校庭に出てきた。

フンッ。… 1人足りないみたいだけれど、まぁいいわ」
「出でよ!アルデ…
「リア、呼んではダメ」
神機を呼び出そうとするリアをフォルが制する。
「それじゃあ、どうすればいいの?」
「あなたの…お名前は?」
双子たちの疑問に答えてか無視してか、フォルはミリに質問する。
「自己紹介が遅れたわね…アタシはミリネール・ユラナス・サブロマリン。ベ スティアリーダーたちを統括するリーダーオブ…」
「ウソおっしゃい」
「げ…」

ミリに油汗が流れる。上空からネガレイファントルが向かってくる。フォルは 何げに見るだけ。一人落ち着いている。ネガレイファントルからもその操縦者 が降り立つ。
「アンタは単なるベスティアリーダーでしょうが!このあたしが本物の、リー ダーオブリーダーズなのよっ!!!」
「……こいつがベスティアリーダーたちの長???」
急に現れたミリに説教する女性に呆れ、混乱するリア。他の者もアッケにとら れている。

そう…あたしはメルキュール・ティラス・サブロマリン… 99人いるベスティアリーダーたちの‘長’」
「みんなからはそう認められていないクセに」
「なんですってぇぇ」
自身満々に説明するメルキュール―メル―に突っ込むミリ。
「もう…何でもいいから邪魔しないでよ…いま、そこにいる第 3天使たちを消 すとこなんだからっ」
「あたしは、‘長’よ……姉なのよ!」

「どうして私たちが、いなくならなければいけないのです?」
「…とぼけるつもりなの?」
メルを無視して話は続く。
「アンタたちの…自分の役目を…」
「フォル!」
「貴也くん、待ってよ!」
やっと貴也と馨子が校庭に出てくる。

「アンタたち 3人の天使の役目は、地球を破壊して…人間を滅ぼす事でしょう?」
3天使の息が詰まる。人間の…貴也の前で言われてしまった。
「…え?」
「貴也さん」
貴也に自分たちの使命を知られた事にショックを隠せないフォル。
「…1999年 7の月…最後の日に審判を下すのは電脳神リガルード…わたしたち はリガルード神の審判に従う事がお役目でしたよね…マスター・フォル?」 フォルに代わってフォル2 が説明する。フォルたちの事を薄々感じていた貴也 は黙っている。
「ちょっと待ってよ!そのリガルード神って何を審理するの?」
馨子にミリが答える。
「人間が…ベスティアかベスティアではないか」
「そして、ベスティアの場合には地球を…」
貴也の問いに頷くフォル。唇が震えている。


「あら…めずらしい。アンタみたいな完全なベスティアではない人間と出会う のは、ずいぶん久しぶりだわ」
メルにやっと科白が出来た。
「…いったい、そのベスティアっていうのは?」
馨子は何も事情を聞かされてはいない。
「強欲で、憎悪を抱き、暴力を振るう…そして懐疑的な‘獣’の心を持つ人間 の事です」
でも人間には愛があります。暖かい心も…わたしは人間 を信じています。最後の審判が下される日までに、人間がベスティアでなくな る事を…」
「そんなこと、ありっこないじゃない。前世でもそうだったんだから」

「リア…いっしょに人間のために戦いましょう。あなたは誰よりも人間のこと が好きなんだもの。やがては、宇宙全体を汚染して自滅してしまう人間を…ね。 あなたは、そのタメにいるのだし……」
「……」
フォル2 の誘いに答えられないリア。人間を自分たちの手で滅ぼしたくないと は前から思っていたが…ベルがたまらず口を開く。
あなたはフォル姉様とは全然違うわ!!!この世界は…フォ ル姉様のお身体を‘基’にして誕生したのよ!新たな未来の可能性を人間たち 自身に託して…」
「フン!第 3天使が原始スープになった所で、そこから生まれたのはベスティ アばかりじゃない」
半泣きのベルをミリが笑殺する。


「誰だい。アタシの妹を泣かせているのは?」
突然現れたグラフィアスが校庭の土をえぐりながら着地する。
「相変わらず強引な出現をするわねぇ」
飛んでくる土塊と砂煙に目を細めながらメルが言う。

「ちょうどいい…天使たちがすべて集まった。まとめて始末してやるわ! フォル2 は神機に!!
「はい…」
「いったいどうしたって…ふふん。ベスティアリーダーたち?」
クレアは鼻で笑ってる。
「あたしは、長!!
メル、悲しい主張…

「クレアさんまで、あんなモノに乗って来ちゃって…いったい、どういうこと なの?」
馨子は何が何だか分からない。それにベルが答える。
「馨子ちゃん…あたしたち、人間じゃないの」
「人間じゃないって……」
「天使なんだよ…アタイたち」
「天使って……」
「くすくす……‘機械仕掛け’の御使いよ!」
ミリが不敵な笑みで言い放つ。
「……‘機械仕掛け’?」
「‘究極の科学は神と等しい’って、ね」
今度はメルが説明する。科白は一つでも多く確保しておきたい。

「フォル…」
「どうして…来たんですか?」
「‘どうして’って、キミが心配だったから。さっき、あの娘たちが言ったこ と…本当なの?」
「…貴也さん」
「ねえ…本当なの、フォル?」
問い詰める貴也。
「…はい」
「そんなこと…天使たちが…人間を滅ぼすなんて」
「…ひどすぎますよ、ね」
「…フォル」
「ひどすぎますよね、そんなことって…それが、天使の…‘わたし’のお役目 だなんて」
「でも、そうなるのは人間がベスティアになっているからだって…人間がベス ティアではなければ、フォルたちはそうしなくてもいいんだろう?」
「…はい」
「僕……僕自身も、ベスティアにならない様に努力するし…他の人たちにも、 そうならない様に働きかけるよ」
「フォルのタメに…人間自身のタメに…」
「…貴也さん」


「ふう〜ん…天使に好かれて、あんたは幸せ者ねえ。あたし…取っちゃおう、 かな」
メルが目を流しながら貴也をからかう。
「あたしたち、ベスティア・リーダーたちは天使たちと‘対’で生まれたのよ。 あたしは‘長’だけれど…」
自分の立場の主張を忘れない。でないと皆忘れるから。
「『未来は変えるべきではない』という、リガルード‘人’たちによって…… ね」
「フンッ…!アタシは、ベスティアではない人間なんかと馴れ合わないわよ!」
ミリは機嫌が悪い。

「今この場でお前たちを始末してやる」
「バッカじゃないの?ベスティアリーダーごときがこのクレア様に何ができるっ ていうのよ!」
「‘アクエリュース’を使うのはやめて。あの娘の力は強すぎるもの」
フォルは懇願する。
「ねえ…アタイたちも、やっぱり神機を呼ぼう!」
「…その必要はないよ」
「でも……」
クレアの自信がどこから来るのかベルには分からない。なぜなら、クレアの神 機グラフィアスは‘非武装’なのだ。
「妹たちを守るのは、‘姉’としてのアタシのお役目よ」
「クレア姉様……」

「いったい何をするつもりなの…ミリ?」
「フン…この国が滅んでも天使たちが全滅すればアタシたちの勝ちなのさ!!!」
「やめなさいミリ。まだ戦う‘時期’じゃないわ!」
「そんなことだから誰からも長だと認められないのよやれっフォル2!!!


「何も…起こらなかったのかしら?」
キョトンとする一同、クレアは笑みを浮かべている。
「くっ…もう一度だフォル2!」
ホーホホホホホッ。無駄ムダァ。アタシと‘グラフィアス’の 役目は‘新生’。‘光の子’のために世界を新たに生み出すことなのよ。再生 なんてカンタンカンタン」
「キャアアアッ」
「どうしたフォル2!?」
フォル2 がコクピットから消えた。
「フォル姉様のコピーが…消えたわ」
「コピー元のアネキのディスク…まだ完璧に直していなかったから :-p」
「クッ!」

「それで、エラーが起こって消えたのか…助かった……」
「何言ってるの。神機の力は解放されたのよ…」
クレアが下に降りてくる。
「この国どころか、この地球はついさっき崩壊したんだよ…あたしがいたから それは一瞬のことだったけれど…ね。さて…このベスティアリーダーたちをど うしてくれようか」
「えっ、リーダーじゃなくて、あたしは‘長’よ!失礼ねぇ……」
しつこいぞアンタ。

シュン!
ミリと青木の姿が消える。メルは一人取り残される。妹にも見捨てられたか。 (あ、それは前からだったか。)
「あ、あたし…‘今’はあんたと戦う気はないから」
油汗た〜らたら。
「それじゃまったねーS2」
ネガレイファントルで去って行く。
「本当に‘長’かしら?」
とうとうベルにまで言われてしまった。

「いいのかい?あのまま行かせちゃっても」
「あの娘がいうように、まだ‘時期’ではありません…それにわたしは…‘あ の日’までにきっと、人間すべてをベスティアではない人間にするつもりです もの」
フォルは穏やかに、それでいて自信ありげに答える。

「あのう…さっきからず〜〜っと校舎から野次馬たちが見ているんだけれど」
馨子は今あった話はあまり口外しない方が良い、という事程度は理解したよう だ。
「また‘アクエリュース’に操作してもらいます。それで何もなかった事にな りますから…」
「それじゃあ…いっそのこと」
「神機の技では人間をベスティアではない人間にすることはできません…ステ キな未来は、みずからの行ないによって手に入れるモノですもの。そして…わ たしたち天使は、そのお手伝いをする事…それが‘本当’のお役目なのです」


「愛は武器ではありません。…でも何よりも強い。私はそう信じています。 そう…信じていました

アンジュの想い


tomoka-m@is.aist-nara.ac.jp
Last modified: 2000/ 7/15 4:36
第11話
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