「ふ〜う。これでほとんど運び込んだわね」
「馨子…これ、どこへ置けばいいの?」
「あっ、その辺に適当に…」
馨子の、英荘への引越し中。リアが手伝っている。
「ねえ馨子…本当に下宿しても良かったの?お父さん…さ、泣いて引き止めて
たじゃない…『だ〜』ってさ…」
「だって…言い出したのは父さんのほうなのよ。真理だって、この‘英荘’を
一緒に見にきたことあるじゃない?おかしいのは父さんたちなのよ」
“♪”
事情を知ってるリア。もちろん黙ってる。
「あ、手伝ってくれて、ありがとうね。ベ………
……リアちゃん」
「アタイはアネキに言われたから…ベルは、料理を作るの手伝ってるよ。アタ
イには、そういうことできないから……」
「お礼に、コレ…あげる。きっと、似合うわ」
と、馨子はリアに紙包みを渡す。
「え!?アタイに?」
「んはは…白状すると、もらいモノなんだけど…でも使ってないから」
「コレって、何なの?」
「髪止めよ。あたし、髪の毛が多いから…そんな可愛らしいのだと用をなさな
くて」
「ほら、こうして…」
リアの右髪に髪止めを付けてあげる。そこに貴也がやってくる。
「トラック、引き上げていったよ。リア?」
リアの頬がちょっと朱い。
「へえ…似合うじゃない、リア。あれ」
リアはそそくさと逃げるように出ていく。貴也から顔を背けて。
「貴也くん…よくあの娘がリアちゃんだって分かったわね」
「えっ…だって―」
「クレア!?クレア?出ておいで!クレア?」
青木が家―けっこう豪邸。池まである―で、彼の猫を探している。
「ふ〜ん。このコ…クレアというの?不幸な名だなぁ」
木の枝に座っていた少女が飛び降りてくる。こないだ、高森尾高校を眺めてい
た少女だ。名はミリ。クレアは彼女が抱いていた。おかっぱで銀髪、緑のスー
ツに黒いジャンパーのような物を着ている。
「誰だ?君は…何をしにココへ?」
「あんたをあたしの‘しもべ’にしてあげようと思ってるの」
「‘しもべ’???ふっ…このオレに向かって… 10年早いな」
「10年?このままじゃあ、そんなに時間はないもん。エルメスフェネッ
ク!!」
ミリがそう叫ぶと、背後に隠れていた巨大ロボット―獣機―が姿を現す。流石
の青木も顔面蒼白。エルメスフェネックの恐ろしい顔が青木を睨みつける。
「…コイツと融合しちゃいなさい!」
「かんぱ〜い!」
英荘の共同リビングに、貴也、フォル、ベル、馨子、真理が集まってテーブル
を囲んでいる。
「ふつつかでございますが、どうぞよろしく…」
「…ひたってるのネ…嫁入りぢゃないんだけど……」
真理が突っ込む。
「…クレアさんとリアは?」
「クレア姉さんは、そろそろ帰ってくるんじゃないかな?リアは『食欲ない』…っ
て、部屋にいるわ」
「疲れちゃったのかしら?あの娘はそんなヤワそうに見えなかったけどね」
「……」
リアの部屋がある方を見つめるフォル。
英荘の門(と言っても本当は門など無いが)の前に車―356C―が止まる。
「じゃ…明日の朝お迎えよろしくね」
ドアを開けてもらって、クレアが下りる。
「はい、それじゃ必ず…あ」
乗せてもらった男には目もくれず歩き出すクレア。しばらく、いや、かなり歩
いて英荘にたどり着くと、暗い部屋で、窓に頬杖をついてぼうっとしているリ
アに気付く。
“アンタは…しかたがないよね”
「3番っ!エインデベル!! T×T×べ×き やりま〜っす!!!」
「おおっ待ってました〜〜!!!!!」
「……」
共同リビングから楽しげな声が聞こえてくる。気を充填するクレア。処で、
‘T×T×べ×き’ってどんな芸?
「ジャジャジャーン!!!クレア姉様のお帰りよ!!!!!いえぃ!」
「あの女(ひと)もここの住人かな…?」
「…女性ばかり住んでるのね」
つまる真理と馨子。対応に苦慮してるようだ。
「クレア姉様…今日からここに住むことになった、岡田馨子さんです。馨子さ
ん、わたしたちの姉、クレアリデルです」
「よろしくお願いします」
「いいわよ‘よろしく’してあげるわ」
「なんてタカビーな…はっ!!」
「うりっ、うりっ」
「きゃあ!ごめんな…ああああっ」
可哀想に…真理はクレアに目を付けられたようだ。
「…わたし、ちょっと…」
フォルが部屋から出ていく。
“あの娘に任せておけば大丈夫か…”
「さぁこれからパァ〜っと盛り上がろ!」
Sigh…
コンコン。
フォルが‘正装’してリアの部屋に入り、電気を点ける。
「どうしたのです…? …マリア」
「!?!」
リアの目が見開き、涙が溜る。
「マリアローダ・アルキオネ・ヒアデス……」
そっとリアの本名を呼び、後ろから抱きしめる。
間を置いて、
「アネキ…記憶が戻ったの?…アタイの、本当の名前を…」
「神機とコンタクトをしたときに…まだすべてではないみたいだけれど…」
「…アネキ」
とうとう涙が頬をつたう。
「…ごめんね、アネキ」
青木が無表情に椅子に座っている。よく見ると眼が人間のそれではない。機械
の物に変わっている。彼に向かい合って、ミリがベッドの枕をクッション代わ
りに座っている。
「くすくす。…アンタが天使たちと接触していてくれたから、探
し出す手間はぶけちゃった」
「マリア…元気をお出しなさい…」
「…アタイ、おかしいんだよ。こんなことって」
フォルの方に向く。
「あなたが、リガルード神からまかされているお役目は…ベスティアではない
人間と…結ばれる事ですもの…人を好きになるのは自然な事なのですよ」
「アネキ、でも…」
「時期は…ベルが決めてくれるでしょう」
リアはフォルの胸に顔をうずめる。
「しあわせにおなりなさい…リア。今度こそ、ね」