夢ならいいのに……


1994年 5月 5日 TOKYO SINJUKU

「お時間ございますか――?アンケートにご協力くださーい!」
一人の少女が街角でアンケートをとっている。しかしその呼びかけに応える者 は誰もいない。ショートカットでピンクハウスの服、しかもピンク色!を来た 少女。歳の頃は 14歳くらい。その可愛らしさにナンパする男は居ても、やっ ぱりアンケートに答える人はいなかった。

「アンケートに…… う!?」
待ってるばかりではいけない、少しは自分から声をかけてみようとしたのがい けなかった。進んで行った目の前にヤの付くお兄さん。
「じゃまじゃ ボケーー!!!」
「キャッ!」

「あいたーー……人間ってこれだもんなぁ……」
ヤの付く人に突き飛ばされて思わず座り込んでしまった。
“あぁあ〜、本当にいるのかなぁ…”
12年も探し続けてるといい加減希望も小さくなってくる。
「ひどいことするなあ……」
「!?」

「……大丈夫?ケガしてない?」
顔を上げると好青年が手を差しのべている。優しそうな笑顔。この人なら。
「んしょっと、ありがとうお兄さん!大丈夫ですよ……」
「それじゃあ………ネ!!」
あっ……待ってよ お兄さん!!!
この人こそ!そう直観した少女は青年の前に回り込む。
「お時間ございますか!?」


1982年 3月 9日――
この日ばかりは、誰もが一度は夜空を見上げたのではないだろうか?翌日の明 け方、1000年に一度の‘惑星直列’という天文現象―太陽から見て 9惑星全部 が 95度の範囲におさまる―が起こり、その影響で地球上に不吉なことが起こ るというウワサが広まっていたからだ。
「大地震が起こるのか?世界は、それによって――!?」

3月10日、午前 5時20分。
西の空やや南よりにある乙女座の 1等星スピカに見守られて、ショーが始まっ た。しかし、多くの科学者が否定していたように、天変地異など起こらなかっ た。

――それでは、たんなる天文現象だけであったのか?
いいや……そうではなかった。その日、双子の天使たちが人知れず地上に降臨 していた。1999年 7月までに、主から与えられている使命を果たすために……。


高森尾駅。改札口から先ほどの青年が出てくる。
“僕は英(はなぶさ)貴也、高校 2年生。なんとこの歳で‘英荘’という下宿館 の大家なんだ……。 …とは言っても、今日からなんだけどね”
「それにしても……英荘まではまだ歩くみたいだな……」
遠い。さっきからずっと歩いてるのにまだたどり着かない。しかも登り。運動 は苦手ではないが流石に疲れる。
“こんなに遠いと、もう新宿の図書館には行けないかな…”
新宿の図書館には、受け付けに片想いの娘がいる。こんなに遠いと今までのよ うに毎週借りに行く訳にはいかない。

「ん!?なんだろ……」
道の先の一点が光っている。そこまで歩くと、銀色に輝く 3.5インチフロッピー が落ちている。
「!? フロッピーじゃないか……なぜこんな物がこんな所に?」
辺りを見回しても誰もいない。いてもその人が落とした訳でもないだろう。
「このまま置いて……って訳にもいかないな……ま、今度戻る時にでも交番に 届けよう」
青年はポケットにフロッピーを収めた。

英荘。木造洋風二階建て。時計台も付いてて結構おしゃれな建物、デザインだ けは… 壁の板は亀裂が所々に入り、窓ガラスにも割れ目がある。3時を指して る時計盤も一応動いてはいるが針に錆が見える。どうして潰さないのか疑問な くらい。次のの台風は大丈夫だろうか?
「やっと……着いた…… けど、これは……もしかしたら、父さん達に……謀 られた??」


「……えっ?何だって!?
「だからな…」
貴也は驚きのあまり立ち上がったまま震えている。
「この家は…もう売ってしまったのだよっ!!!」
「だから…なぜ??」
「お前は今までの話を聞いてなかったの?」
「聞いては……いたけどサ」
「今っ!!! あの国では医者が不足しているのだ!!!だから父さん達はボランティ アで 3年間行く事にしたのだよ!!!」
「……」
父の気合いに圧倒される貴也。誰もこの父に敵う者などいない。

「わかったな」
「だからって何もこの家を……」
「お前は高校をやめて働きたいの?母さん達が行ってしまったらお前はどうやっ て生活をしていくの?」
「うぅっ…」
「だから、友人の不動産屋に相談して、家を売って下宿館を買ったのだよ。そ れだったら家賃の収入もあるし、何とか暮らしていけるだろう?ワシの書いた 本の印税もあるしの」
「……わかったよ……それで、いつ出発するの?半年後…… 3ヶ月後?」
「明後日だ!!!」


「…て訳だけど、誰がこんな山奥の下宿館なんか間借りするんだ!?」
取り敢えず入ってみる。歩く度に床がきしむ。泥棒避けにはいいな。
“床を踏み抜いて、それにはまってくれたらなお良いけど。その前に自分が踏 み抜きそうだ”
「……確か、荷物は全部入れてあるんだよな……」
2階の 3号室、自分の部屋に向かう。大家用の部屋も無いのか。

「ここか……」
ドアを開けると貴也のパソコン、EPLON PC-586 GX の箱が目に入る。
「そうだ!さっき拾ったフロッピー!!!僕のパソコンで使ってる DOS と同じフォー マットだったら内容が分かる筈なんだけど」
パソコンを箱から出し、手早く繋げて起動させる。このパソコンは 3.5インチ フロッピーディスクドライブが 2台、5.25インチが 1台付いているので大丈夫 だ。フロッピーを一番上のドライブに入れて内容を見てみる。

「何だこりゃぁ!?」
ラムディスク並の早さでファイルリストが表示されたと思ったら、そのファイ ルサイズが半端でない。
「メガ…その上は何だったかなぁ…?その前にこれって FAT が壊れてるんじゃ ないか?」
1993年、一般ではハードディスクのサイズが 100MB,200MBの時代である。しか し、ファイルサイズは P(ペタ)なんかよりも遥かに大きなサイズを示していた。

「AQU.EXC…… EXCって実行ファイルの事かなぁ?取り敢えず実行してみるか……」
AQU.EXC と入力してリターンキーを押す。ドライブの動作音がする。
「よしよし、読み始めたゾ」

1分経過。3分経過、トイレに立つ。10分経過、簡単な荷物の整理。30分経過。

「何かマズイ事でもしたのかな?もう諦めるか……」
よくぞここまで堪えた、貴也よ。普通はもっと早く諦めるぞ。そしてリセット スイッチに手を伸ばす…
「やめて…… まだ ダメ!」
ディスプレイに美しい少女の祈るような顔が浮かび、瞳が嘆願する。
「え?」
ディスプレイからその娘の手が現れ、貴也の右手に触れる。
「なっ何だ!?」
しかし、時すでに遅し。貴也の指はリセットスイッチを押してしまう…


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Last modified: 2000/ 7/15 4:27
第2話
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