「くは、あ…」 蘭の首筋に舌を這わせ、吸う。蘭の顎が、限界まで上がる。シャツのボタンを 外す。蘭の鎖骨が露わになる。その中央にも舌を這わす。 「あ…」 「どうしたの?」 「俺、コンドーム持ってない」 「大丈夫よ」 「なんで?」 「今日、安全日だもん」 「安全日?」 「……」 新一は愛撫を止め、身体を起こす。 「…?どうしたの?」 「やっぱり、今日は駄目だ」 「どうして?」 「コンドームが無い」 「だから、安全日だって言ってるでしょ」 「安全日って言っても、100%安全じゃないんだぞ!万が一、妊娠したらどうす んだ!?」 「育てる」 「何!?」 「育てる!わたし、新一との子供欲しいもん!」 「育てるって、俺達は高校生だぞ!育てられるわけねぇじゃねぇか!」 「じゃあ、今のわたしの気持ちどうなるの!? せっかくホテルも予約したのに、 わたし、新一と、新一との初めての準備して来たのに!! 新一としたくてたま んないのに!」 「蘭…」 「なによいくじなし!安全日なのよ!ちゃんと計算したんだから!!」 「………蘭、お前、今日排卵日だろ」 「!?」 一瞬の戸惑いの後、新一の顔が涙で歪んで来る。 「新一の馬鹿!!」 蘭の強烈な張り手が新一の左頬を打つ。そのまま、蘭は泣きながら部屋を出て いく。新一は、一人部屋に取り残される。左頬が…熱い…… バタン! 玄関の音に小五郎が反応する。 「蘭、帰ったのか?今日は鈴木さんの家に泊まるって…」 ボロボロに泣きながら帰って来た蘭は、小五郎には目もくれず自分の部屋に籠 る。着て行った筈の上着がない。シャツのボタンが全部留まってない。 「新一の…新一の馬鹿……」 蘭の部屋のドアに耳を付けて様子を伺っていた小五郎の顔が、段々険しく歪ん でくる。 新一は一人とぼとぼと帰る。蘭が忘れて行ったスーツを大事に抱えて。時々い とおしそうに撫でる。街灯の明かりは意味をなさないくらい暗い。新一の家の 前、ふと気付くと一人の男が門に寄りかかっている。 「おじさん…」 小五郎が無言で歩いてくる。新一はその顔つきから彼の行動を予測した。小五 郎は無言で新一を殴り付ける。新一は全く避けずにふっ飛ぶ。 「立て…」 小五郎は新一の胸を掴んで無理矢理立ち上がらせ、再び殴る。 「何とか言ったらどうだ?」 「……」 「蘭の、娘の受けた苦しみはこんなもんじゃないんだぞ!!」 小五郎は一本背負いで地面に叩き付ける。新一は受身をとる事をしない。畳の 上と違い、アスファルトは容赦なく新一の肉体を破壊する。 「な、何をしてるんだね毛利君!?」 騒ぎを聞き付けて阿笠博士が出てくる。 「うるせぇ!黙ってろ!!」 小五郎は新一の頭を踏みつける。羽交い締めにして止めようとする阿笠を跳ね 飛ばす。 「こ、こりゃいかん」 阿笠は急いで警察に電話をかける。 「目暮警部、新一が大変なんじゃ、すぐ来てくれんか。それから救急車も頼み ます!」 トルルルル…トルルルル… 蘭が顔を上げる。 “わたし、寝ちゃったんだ…” 身体が重い。ゆっくりと身体を起こし、受話器を取る。 「はい、毛利です…」 「蘭君か。今すぐ署に来てくれんか」 「目暮警部ですか?何かあったんですか?」 「今、毛利君を逮捕した」 「ええっ!?お父さんを?どうして!?」 「毛利君が、工藤君に暴行を加えたのだ。工藤君は意識不明の重体。今、警察 病院で治療を受けている。とにかく、すぐ署に来てくれ」 “………” 受話器が手から滑り落ちる。よろけて後ろに下がり、へたり込む。蘭は着てい た筈のスーツを探すが見当たらない。仕方なく別の上着を着て警察署に向かう。 「警部、お父さんは、父はどこですか?」 「おぉ、蘭君、来たかね。今取調室だ」 「あの、どうして…?」 「それが、何も言わんのだ。阿笠君も気付いた時には既に工藤君は意識不明の 様だったし。蘭君から訳を聞いてくれないか?」 「分かりました…父と、二人だけにしていただけますか」 「ん、分かった」 蘭は取調室に入る。小五郎は顔を上げる。蘭の目はどこまでも厳しい。 「どうして、こんな事をしたの?」 「お前の為だ」 「新一、意識不明の重体だって。これのどこがわたしの為なの!?」 「当然の報いだ」 「当然の報いって、お父さん新一が何したか知ってるの!?」 「あぁ」 「言ってみて」 「何?」 「言ってみて!」 「その、あいつがお前を襲ったんだろ。だから俺は…」 「………」 蘭の肩が震えてくる。 「…最低……」 「何!?」 蘭の目にまた涙が溜る。 「勝手に新一の事疑って、勝手に新一の事殴って、お父さんそれでも名探偵?」 「何だと!?じゃあ何で泣きながら帰ってきたんだ!?しかも服も乱して!」 「新一とは、新一とは何もなかったわよ!! 何もなかったから泣いてんじゃない」 「……」 唖然とする小五郎を置いて、蘭は取調室から出て来る。そこには目暮警部と高 木刑事と、佐藤刑事がいた。特に聞き耳を立てていた訳ではないが、取調室の 声は十分聞こえていた。 「蘭君…」 「警察病院に、新一の所に連れて行ってくれませんか?」 「あ、あぁ…じゃあ、高木君、君が」 「いえ、警部。私が」 「うん、こういう事は女同士の方が良いだろう。じゃあ佐藤君、蘭君を警察病 院まで連れて行ってくれ」 「はっ!!」 車の中。 「工藤君と何があったの?よかったら話してくれないかな」 「…わたし、新一をホテルに誘ったんです。そしたら新一、コンドーム持って ないからって、断ったんです。今日安全日だって言ったのに…」 「…偉いわね」 「え?」 「工藤君よ。よく断ったわね」 「佐藤刑事は、新一の事、変だと思わないんですか?誘ったのに断るなんて」 「刑事は付けなくて良いわよ。ここは女同士の話なんだから」 「あ、すみません」 「工藤君ね、確かに変わってると思うわよ。女の子からの誘いを断るなんて、 普通は出来ないわ」 「ですよね。もしかして新一、私じゃなくて、他の女性(ひと)を…」 「クス、それは無いわよ」 「どうして佐藤さんは分かるんですか?」 「工藤君はあぁ見えても浮気はしない子よ」 「でも、だったら…」 「ゴム、持ってなかったんでしょ」 「え?あ、はい」 「安全日なんて、もし間違ってたらたらどうするの?」 「え?でも、ちゃんと周期も体温も計って…」 「蘭ちゃん、最近風邪引いた?」 「え!?どうして!?」 「周期ってね、風邪薬飲んでも変わるのよ」 「そうなんですか!?」 「体温だって計るの難しいし、もしずれたら妊娠よ」 「…でも」 「工藤君も、貴方を大切に思ってるから、危険な事は出来なかったのよ」 「……」 「妊娠して、一番傷つくのは女性なんだからね」 「……はい」 「工藤君も、ゴムがあればしてくれたんでしょ。次からはちゃんと用意しとけ ば良いのよ」 「…はい」 「あ、コンドームも避妊率 100%じゃないから気を付けてね」 「……」 「大丈夫、工藤君も一度蘭ちゃんの味を知ったら逃げられなくなるからS2」 「はぁ…」 「さ、着いたわよ」 コンコン… 「む、蘭君やっと来おったか、おぉ、それに佐藤刑事も」 蘭が病室をノックすると、そこには阿笠博士が居た。新一は全身を包帯に巻か れ、酸素マスクを付けられている。 「博士、新一の様子は…?」 「うむ、意識不明の重体じゃ。全身の骨にひびも入っておる。命に別状はない そうだが、何分意識が戻らん事には…」 「……新一…」 阿笠博士と佐藤刑事は無言で部屋から出て行く。佐藤刑事は博士から小五郎が 新一に暴行を加えていた時の状況を訊き始める。蘭は新一の横の椅子に腰かけ る。涙が頬を伝う。止まらない。 「なんで…なんでこんな事に……」 こんな筈じゃなかった。本当は新一と幸せな一時を過ごしている筈だった。 “新一と二人で幸せになりたい”、それだけだった。そんなささやかな幸福を 願っただけだった。何処で間違ったのだろう。何処からおかしくなったのだろ う。気付いた時には新一は重体、父親は逮捕されていた。 “みんな、みんな、私の所為…?” 蘭の涙がぽたぽたと落ちる。 「…新一……ごめんなさい。ごめんな…」 “蘭……” 「!?」 気のせい!? 今一瞬新一の声が聞こえた!顔を上げる。涙が飛び散る。新一の 目蓋が開いている。こっちを見つめている。 「新一!?」 「蘭…」 「あぅう…」 蘭は新一が絶対安静なのを忘れすがり付く。 「う…」 「あ、ごめんなさい!」 急いで新一から離れる。 「いいさ、このくらい…」 新一は暫く自分の身体の状態を感じる。そして最後の記憶を辿る。その二つか ら、蘭の状況を理解する。 「蘭、心配かけたみたいだな」 「そんな、私の所為なのに…」 「いや、俺の所為だ。蘭の気持ちを裏切ったりするから…」 「ううん、もういいの」 「蘭、ゴムがあるならしてもいいぜ」 「…バカ」 蘭は涙を拭う。 「わたし、皆に知らせてくるね」 「あぁ」 蘭は外で待っている阿笠博士と佐藤刑事を呼ぶ。 「工藤君、今日は帰るけど、明日事情徴収に来るからね」 「えぇ、あ、おじさんは不起訴にしてもらえますか?」 「わかったわ」 「新一…」 「おじさんは悪くないよ。親なら当然さ」 「ごめんね」 「蘭が謝る事じゃないだろ。俺は当然の事をされたまでさ。全然恨んじゃいな いよ」 「ありがとう、新一…」 「さ、蘭ちゃんも帰るわよ。送ってくから」 「あの、わたし新一の看病をしたいんですけど」 「まだ毛利探偵を心配させたいの?それに入院に必要な物を取ってこなければ いけないでしょ」 「あぁ、それならわしが…」 佐藤刑事は阿笠博士をこずく。 「分かりました、今日はもう帰ります。新一、明日は一番に来るからね」 「あぁ、待ってるからな。無理するなよ」 「怪我人に言われちゃお終いね」 「そうだな」 「はい、もういいでしょ。帰るわよ」 二日後、病室に小五郎が現れる。 「おい、俺は礼も言わねぇし、謝らねぇぜ」 「お、お父さん!」 「……」新一は無言。 「蘭を泣かせる事があったら、また殴りに行くからな」 「もう二度と蘭を泣かせる事はしませんよ」 「ふっ、ガキが」 蘭は暫く訳が分からなかったが、二人の間にわだかまりが残ってないのを感じ て、胸をなでおろす。 小五郎はおもむろにナースコールのボタンを押す。 “!?” 《どうしました?》 「看護婦さん!!この病室の二人が何も無い様にしっかりと監視し といて下さいよ!」 《はい!?》 「お、お父さん!!」 「いいか、俺はお前らの仲を許した訳じゃないからな! 看病にかこつけて変な 事するなよ!!」 「もう、信じらんない…」 《……》